「孤独になって自分と向き合うこと」。そうしたら、本当の自分や世界が近づいてきた話。 | ワクスタ
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「孤独になって自分と向き合うこと」。そうしたら、本当の自分や世界が近づいてきた話。

Category | 特殊なキャリア

2018.4.12

菊永満さん。駒澤大学経営学部卒業。大学在学中に創業直後のオプトに入社しその後、DELL、Apple、UNIQLOでイーコマースビジネスやマーケティングを牽引。特にAppleで、インターネット黎明期の2006年からシンガポールに移りAPAC全体のイーコマースビジネスのマーケティングや立ち上げをリードした。その経験をもとに、マレーシアの広告代理店の買収や、エアアジアグループのDigital部門のトップとして事業再編を経験。その後、東南アジアでの産業の創造のためReapra Groupに参画。また、その過程で2016年末にフィリピンの携帯電話販売チェーンを買収し再生を手掛けている。2018年は更なる可能性を求めて日本も含めて各国で様々な事業を展開予定。

流されてしまう街、東京。

菊永さんは、なぜ大学進学時に上京という選択をしたのですか?

僕は鹿児島県の屋久島の出身です。
高校時代に周りの大人からのしがらみや将来に対する閉塞感を感じて、田舎を出て違う世界を見てみたいと思い、自分を知る人が誰もいない東京を選びました。大学に入学した当初は、街や他の学生など全てが目新しく映り一人暮らしを楽しんでいました。

 

しかし、アルバイトやサークルに明け暮れ、そしてパチンコなどの遊びに熱中していった結果、だんだん大学の授業に興味を失い、一日ぼーっと過ごしはじめ、しまいには3年次に留年しかけてしまう始末でした。でも、これがその後の僕の人生を変えるキッカケになったんですけどね。

大学生活の中で印象に残っている授業はありますか?

正直にお話すると、恥ずかしい話、4年間まともに授業に出ていません。
こんなことを言うとこの企画的によくないと思いますが……(笑)。

 

僅かな記憶をたどると、一つは簿記の授業ですね。この勉強をしたことで、企業の財務状況に注目するようになりました。資金があり儲かっている会社に営業をする方が、受注しやすいですよね。また、投資家や経営者の方と話す時には、最低限の会計知識が不可欠です。大学時代に勉強しておいて良かったと思います。
二つ目は、文化人類学の授業。こんな学問があるのか!と興味が湧いて履修していました。この授業は真面目に聞いていましたね。もともと人間に興味があったので、自分たちとは違う文化に対してああだこうだと思いを巡らすのが好きでした。でもテストでは、大して基礎知識がないのに自由に意見を書いてしまい、成績はよくなかったですね(笑)。

 

とことん自分と向き合うことが、今の自分の基礎を作った。

留年の危機を経験して、ご自身が感じた一番の変化は何だったんでしょうか?

「大学を卒業したらどうやって生きていこう?」そもそも、「僕は東京に何しに来たんだろう?」と少しだけ真剣に考え始めました。今まで面倒くさがって避けてきたことに、向き合うようになったのが一番の変化でしょうか。
よく、砧公園で一人ぼっちで寝っ転がって読書をしたり、空をみたり、昼寝をしたりしていました。この頃から「自分と話し合う」習慣が僕の中で生まれました。
大企業に入りたい、そのために何をする?力をつけるために資格試験の勉強を始める?学生起業家になる?など、さまざまな選択肢を自分で考えました。そうしていくうちに、自分がまだ何者でもなく何も知らない事に気付き、今まで関わったことがない人と積極的に関わってみようと決めました。

そのような新たな出会いの中で、忘れられない出来事はありますか?

「ETIC(エティック)」という、起業家を目指す学生が集まる団体での経験は、忘れられません。友達がひとりもいない環境で、様々な勉強会や交流会に参加できたことで、大きな学びを得ました。
特に印象に残っているのは、リクルートの「アントレ」という雑誌の編集部に他の学生と一緒にお邪魔した時のこと。記事について色々と意見を求められたのですが、当時の僕は全く意見を言えなかったんです。「僕は世の中について何も知らないし何も考えていない」という明確な事実を突きつけられ、とてもショックで、家に真っ直ぐ帰れなかったことを覚えています。
そしてもう一つ忘れられないのは、同郷の友人が、ある日突然交通事故で亡くなったことです。僕を色々な人に引き合わせてくれた、たくさんの影響を与えてくれた友人でした。彼は農業関連のビジネスを始めたばかりでした。志高い素晴らしい友が、今日はもういない。そのあっけなさに人生の不思議さを感じましたし、何より「時間は有限なんだ」と実感した大きな出来事でしたね。

「教えて下さい」と思える事が、世界を広げるカギになる。

菊永さんはどのようなファーストキャリアを選ばれたのですか?

ファーストキャリアのきっかけは、色々な本を読んでいる時に出会った「ダイレクトマーケティング」でした。このマーケティングに興味を持ち、是非これに取り組んでいる会社を見てみたいと考え、4年生の時にインターンとして、オプトというダイレクトマーケティング支援の会社の門を叩きました。
今でこそ社員数650名ほどの企業ですが、当時はまだ全社員で5名ほど。とにかく自分ができることは何でもやろうと思ってましたし、その時にいらした先輩方が独特でもあり良い方々でしたので、たとえ真夜中まで働いても楽しかったですね。また、当時の社長の人柄にもとても惹かれていました。「人として良いな、自分と合うな」という感覚があって、本当に楽しく働いていました。
インターンからそのまま入社して、しばらくはオプトで働いていました。その後、支援ではなく自分が動かす方のダイレクトマーケティングをやりたいと思い立ち、当時はまだ小規模だったDELL社に転職しました。

その後、菊永さんは様々なフィールドでお仕事をされていたと思うのですが、ご自身の中で変化したと思う事はありますか?

自分のキャリアが「人との巡り合わせ」から成っていると気づいたことでしょうか。

大学生の時、今のようなキャリアを歩むとは想像もしていませんでした。いわゆる大手の外資系で働いたり、現在のように海外で事業を営んだり、そのすべてが人との出会いから生まれたキャリアです。今、ここにいるのも全てが巡り合わせから成っています。

それに気が付いてからは、自分の感覚を大事にしながらも、自分は何がしたいのだろうか、自分は何ができるのだろうか、今何が求められているのだろうかと考えて行動するようにしています。

菊永さんが変わらず大切にしているものはありますか?

36歳の時に1年くらい、昼間から酒を飲んだり、頻繁に旅行に行ったりと、とにかくのんびり過ごした時期がありました。しばらくの間は良かったのですが、だんだんと「面白くない」と思うようになってきて、体にストレスを感じるまでになりました。

その時から、どんな人生を歩みたいのだろうと改めて考えました。
ものすごく金持ちになりたい、めちゃくちゃ有名になりたい、そんなことではないなって今は思います。僕は、「楽しい仲間と楽しいことをやったら、少し世の中がよくなる」っていう価値観を持っている。だから常に、もっと「面白い事をやりたい」という考えを大切にしています。
それからもう一つ。「知らない」ということを恥ずかしがらないことですね。知らないことや分からないことは素直に聞くようにしています。恥ずかしいって気持ちが少ないんです。だって、僕よりすごい人いっぱい知っているから(笑)。むしろ、知らないことを隠さないおかげで、周りの人に協力してもらえることばかりです。

菊永さんは国境を越えてビジネスをされてきました。そんな菊永さんの考える「グローバルな人」とは?

僕の考える「グローバルな人」は、「好奇心旺盛な人」。好奇心が強いと、身近なものにも興味をもって、発想を膨らませる事が出来ますよね。さらに、そこからすぐに行動に移せる人だと思います。

僕はMBAも取得していないし欧米での留学経験もない。それでも色んな仕事を経験出来たのは、この好奇心があったからかなと思っています。
今後10年で世界の地図は、瞬く間に変わっていくことでしょう。
その時に、相手のことをもっと知りたいと思い、自分で考えてコミュニケーションをとっていけるかどうかが、「グローバルな人」になれるかどうかのポイントだと思います。英語を話せるかどうかは、場数を踏んでいけば身についていくものだと思いますよ。

 

阿久根 美咲

編集長見習い
阿久根 美咲

社会人一年生。初めての営業や地方出張生活の傍ら、ライターをしている。ミュージカルが何より大好き!

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