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ワクスタ

ワクスタとは

教育改革をしたい!と思っていたのに、いつのまにか違う場所で生きていた。 それでも学生生活を誇らしく思えるワケとは。

Category | 経営者

2018.5.23

大門一永さん。2012年 株式会社リコーを退職。
埼玉大学教養学部教養学科日本文化コース(国語学専攻)卒業。
一家代々、教員をしている家庭で育ち、自然と教育に興味を持つようになる。
学生時代よりクイズに熱中。社会人になってからも幾度も視聴者参加型クイズ番組に出演するほどの知識を有する。

学生闘争で志望校入試がなくなった!「お先真っ暗」と思った先に、運命の進路があった。

埼玉大学に進学したきっかけは?

祖父が小学校教師、父は小学校教師から一般企業へ転職、叔父も大学教員という家庭で育ったため、教育こそが一族の仕事、というイメージがありました。そこで、自分はどう教育に向き合おうか考えたときに浮かんだのが、『日本の教育を変えたい』という漠然とした思いでした。
国の仕組みを変えるなら文部省(当時)だろう、なら、教育行政を学べる東京大学を目指そう、と進路を絞りました。
 
残念ながら一年目は不合格。
けれど、高校の先輩たちも一浪して東大に入っていたので、浪人の覚悟はできていました。
浪人中はそれなりに勉強していたのですが、受験も間近な1月に学生運動(東大紛争)によって、その年の東大の入試がなくなってしまいました。私の高校は教育大学付属校だったので、教育大学(現・筑波大学)にしようと思ったら、そっちも入試がなくなっていて。
ならば、と、同じく教育行政が学べる京都大学を受けてみました。試験の出来はなかなかだったと自負して帰ったのですが、結果は不合格……。目の前が真っ暗になるっていうのは、ああいうことを言うんでしょうね。
 
さすがに二浪するのはまずいと思い、専門領域も決めかねていたので、先々の可能性が広がるであろうという思いもあって、埼玉大学の教養学部教養学科を受験することになりました。
 
三月も後半で、赤本ももう売っていないようなタイミング。仕方なくぶっつけ本番で試験を受けましたが、合格できました。
 

大学では、まだ未来の研究について、知れる・学べる・議論できる!

大学の勉強をしてみて、一番驚いたことは?

入学して早々、埼玉大学も学生運動の波を受けて最初の半年間が休校になりました。けれど、それほど気にはなりませんでした。リベンジの気持ちも込めて、東大の院に入ってやろうと思っていたからです。高校時代からずっと、頭の中は東大に行くことでいっぱいだったからかもしれません。
 
10月から始まった授業で最初に驚いたのは、高校との勉強方法の違い。
高校は、すでに確定している情報を「教科書」という形で受け取って、それを暗記していく勉強法が主流でした。でも大学は、教授が研究中の不確定な情報もどんどん講義に組み込んでくるんです。まだ固まっていない情報を最前線で受け取れるあの感覚は、大学ならではでしょうね。
 

授業の中で一番面白かったものは何ですか?

一番面白かったのは、日本語の歴史の授業でした。
日本語がどう成り立ったかなんて、授業を受けるまでは考えたこともなかったですよ。でも授業を聞いていて、「日本語と朝鮮語は4000年前に分かれた」や「種類の違う言葉でもさかのぼると一つの言語にたどり着く」など、普段何気なく使っている言葉にこんな広がりがあったんだ! とすごくおもしろかったのを覚えています。だから、専攻を選ぶ段階でも、私が選んだのは日本文化コースの言語学。全10人の文化コース学生のうち、これを選んだのは私だけでしたけどね。
 
少人数だからこそ、教授と1対1で言語学について語り合ったり、他の学年の人とも密に意見交換できたりしたのはとても貴重な体験でした。これぞ、大学の学びだと思いました。
そうやって過ごすうちにいつの間にか、東大の院に進むことは忘れ、夢中で勉強していました。
 
私は大学で、大切な友人と出会い、また、様々な経験を得ることができました。自分たちで何かをつくり上げる時に不可欠な要素が、まさにこの二つだと思うんです。目標にしていた東大には行けなかったですが、私の過去は無駄じゃない。自分の学生時代を誇らしく思っています。
 

では、学生時代に学んでおけばよかった、と思う学問や科目はありますか?

心理学でしょうか。人はどんなときにどんな感情を持ち、どんな行動をするか。これをもう少し知っていたら、つまらないことで人と衝突することも少なかったかもしれないと思うんです。
それから、英語でも中国語でも、語学をもう少しまじめにやっていればよかったと思います。一つでもネイティブレベルまで達していれば、自分の想いを自分で伝えられますよね。サラリーマン時代、毎回通訳に託すのは正直言って悔しかったです。日常会話で不自由ない程度でいいや、と思っていた自分が悔やまれます。若い柔軟な頭の時に、もっときちんとやっておけば、と思います。
 

大人と真っ向から喧嘩して、自分が働きたい会社が見えてきた!?

リコーに入ったきっかけ

父の仕事が人事・労務担当だったこともあり、仕事をするなら人事系の仕事なのかなと考えていました。
教育を志したときと同じですね。家族の価値観が大きく影響していたと思います。
 
就職するなら、地元で馴染み深い品川区・大田区がいいと考えました。当時好きだったカメラに関わる仕事で、近場の会社。最初に候補にあげたのはキヤノンとソニーでした。
リコーは、キヤノンの就職案内誌の見開きページの反対側にあって、「あ、ここも近いじゃん!」と思って受けることにしたんです。
 
最初はキヤノンに訪問したんですが、私が行った時にはすでに、第一次の募集が終わっていました。次の募集は4月だと説明を受けて、それはまずい、と思ったんです。
というのも、所属している軟式テニス部のリーグ戦とかぶっていたんですよ。それと、趣味で出ていたクイズ番組の景品のヨーロッパ旅行にも(笑)。だから、できれば日程をずらしてもらえないかと交渉したら、当時の人事担当者に突っぱねられてしまいました。
 
けれど、私はこれに納得できなかった。人事担当者を目指していたからかもしれません。「優秀な学生を本気で採ろうと思うなら、こんなことで断ったりしないはずだ!」と言い返してしまったんです。そこでもう、喧嘩になってしまいましてね。でもこの時点で、きっと自分とは相性が合わないんだときっぱり見切りをつけました。
 
次に訪問したのがリコーでした。
こちらも一次募集が終わって、またまた4月に二次募集をやると言っていて。ダメもとで、キヤノンと同じように説明してみたんです。「部活の先輩方と頑張って勝ち取ったリーグ戦を、棒にふるわけにはいかないんです」と。すると担当者が「課長に相談します」と席を立ったんです。
しばらくしたら戻って来て、「本日、応接間で一次試験を受けていきませんか」と言われました。
他の受験者には試験番号があるんですが、私は飛び入りだったので、番号のところに一人だけ「大門一永」と書かれていました(笑)。あれは思い出深いですね。
 
リコーの最終面接は、最初志望していたソニーの二次試験の日とかぶっていました。
でも、ここまでしてもらった恩義もあるじゃないですか。それに、こんな柔軟な考え方で人と向き合える人がいる職場で、自分も働きたい。志望動機はそのとき、しっかり固まっていました。
 

社会に出てから必要なのは、共に成長するための学び。

大学に通って学ぶことと、社会に出て学ぶことの違いとは何でしょうか?

共通点はどちらの場合も自分を成長させていく、人間性を豊かにしてくれるものだと思います。
 
大学での学びの最大のものは、『調べる』ということでした。
今のようにインターネットですぐ調べられる時代ではありませんので、どこに行けば過去の研究者の文献を見られるのか、先輩や先生方から聞き、そこに出向き調べる。国会図書館、日比谷図書館、他の大学の所蔵図書を見せていただきに行く、等々。これが社会人になってからも、私の人間形成に大きく役立ったと思っています。とにかく、わからないこと、気になったことは、すぐに『調べる』という行動パターンは、大学の学びがあったからこそ身についた癖のようなものですね。
 
でも、大学での学びは自分の満足のためにやっていた気がします。自分の知らないことを吸収し、自分の追求したいことを研究する。
 
仕事は、そうじゃない。

社会に出てからの学びは、自分の満足もありますが、自分のお客様の満足のためにやっていくことが多くなるように感じています。お客様というのは、狭義にはエンドユーザーですが、私は広くとらえて、自分と関わり合いを持つすべての人々だと思っています。
しかも社会に出たら、よりチームプレーが求められるんです。個人の成果も求められますが、仲間と協力し合って、より多くの成果が出せるようにしていくことが重要になる。だから、より信頼できるパートナーを見つけて、その仲間と一緒に成長していく方法を模索しなくちゃならない。
 
自分だけのための学びから、人と人との共存のための学びへ、それが大学と社会の大きな違いだと、私は思います。
 

社会に出るうえで、もつべきものとはなんでしょう?

私が部下に求めたものは好奇心でした。好奇心があれば、わからないことは調べます。調べれば調べただけその人間は大きくなっていきます。みなさんにもぜひ、成長し続けられる人になっていただきたいと思います。
 
 

清水 真理

デスク
清水 真理

福岡県出身。都内の短大を卒業後、社員20余名の採用コンサルティング会社に入社。幕末史とシャーロックホームズを愛する、社会人6年目。

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