高専から東大博士課程卒業へ。自分の立場に常に疑問を持って学び・選択し続けた、エンジニアの話。 | ワクスタ
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高専から東大博士課程卒業へ。自分の立場に常に疑問を持って学び・選択し続けた、エンジニアの話。

Category | 起業家

2018.2.26

関喜史さん。1987年生まれ。株式会社Gunosy 共同創業者。開発本部データ分析部研究開発チーム所属。
高専卒業後に東京大学へ編入学、同大工学研究科技術経営戦略学専攻博士課程修了。2011年度未踏クリエイター。学部時代よりデータマイニング研究に取り組んでおり、福島の誘いを受けGunosyの開発に参画。ロジックの構築、レコメンドエンジンの開発といった研究開発分野を主に担当する。

育った時代や偶然立たされた状況が、エンジニアという進路を選ぶきっかけになった

エンジニアに興味を持ったきっかけって何だったんですか?

子どもの頃からコンピューターやインターネットが好きでした。使っているうちに自分でもウェブサイトやゲームを作ってみたいと思うようになったのがプログラミングをはじめるきっかけです。
フリーのゲームソフトの改造はよくやりましたね。当時のフリーゲームは中のデータを展開して変更することができたので、RPGの登場人物やBGMを、別のゲームのものに変えてみたり。作ったウェブサイトにCGIのゲームを設置して、自分の好きなように改造したりして、そういう‘経験を通してウェブやプログラミングの知識をつけていったように思います。

高専に進んだきっかけはなんですか? 高専ってどんな場所?

中学時代、ずっとオンラインゲームをしていて授業に真面目に出ていなかったせいで内申点が良くなくて(笑)。得意だった理系科目の成績を重視して評価してくれる高専という選択肢が進路として現れた感じです。

高専での一番の思い出は、プログラミングコンテストに出たことですね。このコンテストでは、先生に指示されたモノを作るのではなく、自分たちで企画して実装まで行うんです。僕は先輩のグループに入っていたので、企画書を作成したりコードを書いたりと携わったのは一部でしたが、初めて「モノをイチから作る」という経験ができました。
授業ではOSやCPUなど基礎レイヤーの技術に触れるものが印象に残っています。新しいことを教えてくれない、と当時は不満に思っていましたが、今思うと、そういう基礎がきちんと学べたことはよかったですね。

 

社会の中で自分が活躍するためには、高専卒業、では足りない危機感があった。

高専を卒業した人たちってどんな進路を選んでるんですか?

大学への編入と就職が1:1くらいの割合ですね。僕が高専に通っていた時、エンジニアの地位はそれほど高くなくて、35歳定年説なんてことも言われていたんです。2ちゃんねるを見ていても、エンジニアはもうブラックな中で働くしかないんだ、みたいな書き込みばかりで……。特に高専卒は安く使えるけど大学生との出世競争で負けて出世できないとか。そういうのを真に受けて大学進学を決めました。

実際に当時どうだったかはわかりませんが、少なくともウェブの業界における高専生の評価はこのようなことはなく非常に高いと思います。

関さんはなぜ東京大学への進学を選んだんですか?

大学に進むにあたって、エンジニアとしてやっていくには、情報技術だけじゃなくて、経営とかシステム全体を見られる視点が必要なのかもしれないと思い、経営工学という分野を知って興味を持ちました。

そこで技術と経営の融合ということをうたっているような学科のある大学をいくつかピックアップして。とりあえず東京大学を目指して勉強すれば、他の大学にも入れるだろうと思ったのが東京大学を受験したきっかけです。当時は入れるなんて思っていませんでした。

東大に編入して、実際どんな風に過ごしていたんですか?

高専から編入する人は年間10人くらいしかいないので、なかなか珍しい立場でした。すでに出来上がったクラスの中に入っていくのは、少し大変でしたね。

最初は駒場キャンパスの教養学部で過ごすんですが、そこで印象に残っている授業は、ソーシャル・アントレプレナーを研究する少人数ゼミでした。そこでのプレゼンテーションや議論など同級生たちのレベルがかなり高くて刺激的で。東大生ってやっぱり頭いいんだな!と思わされました(笑)。土曜日にあった講義なので参加する人の意識が高かったのも良かったんだと思います。

社会に持っている疑問や不満が、ものづくりへの想いを高めるトリガーになる。

東大らしい、印象的な授業ってありましたか?

進学したシステム創成学科の授業で印象に残っているのは、プレゼンテーションを数多く行ったことです。高専ではあまり経験がなかったので、フレームワークやロジカル分析に慣れている同級生には圧倒されました。この経験は、今に活きていますね。

Gunosy立ち上げのきっかけは?

大学院時代の夏休み。のちの創業メンバーとなる3人で、研究している機械学習の技術を使って、「自分が本当に欲しい情報」を効率良く収集することができないか、と考えていたんです。というのも、当時いいニュース・情報を収集するためには、有名な人のTwitterをフォローしたり、RSSリーダーで何百件ものニュースを消費したりすることが推奨されていました。でもTwitterは友達同士で使っているのが楽しいから知らない人をフォローしたくないし、何百件もニュースを選別する作業は非人間的だし、それって微妙だよね、どうにかしたいよね、という自分たちのやりたいことやイヤだと感じることを変えたい、ということで作ったのが一番最初のGunosyです。

東大編入から、博士号取得へ。ただ学ぶことだけで満足していたら手に入れられなかったものとは。

博士号をとってよかったなと思うこと、得られたものを教えてください。

博士号を持っていると研究者として信頼されるようになることを感じています。学会に行って議論したり、先生方に挨拶しても博士を取る前と反応が違うなと。これは今の仕事を行う上で非常に役立っています。

 

修士課程までは自分の興味とか面白さで研究をしていたのですが、博士課程ではもっと広い視野で考えるようになりました。

 

博士課程は学ぶというよりは研究する機関です。博士号は研究者としての免許なんていう人もいますが、研究者になるということは、世界最先端を探究する人になることです。「卒業論文は大学で一番、修士論文は国内で一番、博士論文は世界で一番、その分野に詳しくなること」と言われたりもしますね。

 

自分は何を知っていて何を知らなくて、自分の知っていることの何と何を組み合わせたら世界最先端で、人の役に立つモノを作り上げられるのか。社会に対して自分がどういうことができるのか、何を知るべきなのかとしっかり向き合えたのは、博士課程だからできたことだなと思います。

成長したいと思うなら、自分がどうして〇〇をしているのか、どうやってそこにある課題を解決するのか常に考え行動すること。

エンジニアになるなら、大手がいいか、スタートアップ企業がいいか、どちらがいいと思いますか。

ソフトウェアエンジニアについて考える場合は、企業の大きさよりも組織の文化が「古いか新しいか」という基準で見る方が分かりやすいですね。古い企業はエンジニアを外注する前提のところが多くて、外注先の人というのは、ソフトウェアは仕様を決めて納品したらそこで終わり、という価値基準を持っている場合が多いです。一方で現代の主流は、不完全でもリリースしてユーザーのリアクションをもとに日々改善する、という終わりのないサイクル。つまり、文化が古いか新しいかで、ソフトウェアエンジニアの価値基準がまったく異なるんです。

 

価値基準が違えば、適した組織構造も大きく違います。日々改善する場合には、実際に作業するエンジニア自身に意思決定権がないと進められませんよね。でも古い企業の場合、何か追加や変更するには上長のハンコをもらわないといけないことが多い。古い組織構造の中では現代の価値基準による仕事はできない、ということです。

 

人間を大きく成長させるのは、意思決定するチャンスがどれだけあったかだと思います。責任を持って、この仕事はどう進めるべきなのか、このまま進んでいいのか。言われたままの仕事をこなすだけでは全く成長はできないんですよね。エンジニアが若いうちから主体的に、どんどんこうすべき、ああすべきと判断する機会がある場所があるかどうかも大事なポイントだと思います。

 

小さい会社だとそれを求められることが多いので、何人もエンジニアを抱えているところよりは成長できる可能性がありますね。ただ組織の技術力というのは、そこで一番優秀なエンジニアに依存するので、自分がその人よりも先を行く、というのが難しい場合もあると思います。そう考えると、優秀な人が働き続けているかというのは重要かもしれません。その企業には、優秀な人を惹きつけ続ける何かがある、ということなので。一緒に働く人が優秀であるほど、自分の成長速度は上がっていくと思います。

 

社会で活躍するために大切なこと、学生が今できることはなんでしょうか?

どんな分野でもそうですが漠然と授業を受けるのではなく、自分で考えて行動し続けることが働くときには生きてくるんだと思っています。これが出来ていれば、その職業に関する専門的な知識がなくても第一線で働けるのではないでしょうか。

 

具体的に今できることとしては、自分がやってきたことを、一般化できるスキルとして語れるかどうか。専門知識があるからとか、頑張ったから、というのは聞いている人にとってはあまり重要ではないんですよね。どういう課題があって、その課題にどう取り組み、解いていったのか、その結果どうなったのか、それをしっかり語れるくらい自分のなかで昇華できているかが大事だと思います。

 

取り組む内容自体は、なんだっていい。自分のやれることをとにかくやってみたらいいんじゃないでしょうか。

 

インタビュアー
シミズ(都内の短大を卒業後、採用コンサルティング会社へ入社。ワクスタ・デスクとして奮闘中)
アクネ(青山学院大学・現役大学生。内定先のメディアで編集長見習いをしている)

皐月 彩

ライター
皐月 彩

日本大学芸術学部映画学科 2017年卒。 エジプト出身。円谷プロダクション製作の『ウルトラマンジード』の仕上げ進行スタッフを経て、現在はフリーランスの脚本家として映画・アニメ・ドラマの制作にかかわる。

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