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ワクスタ

ワクスタとは

連載1 そもそも「大学に行く」っていうのも1つの選択肢でしかないということ

皐月彩(ワクスタ・ライター)
東京大学教育学部附属中等教育学校卒業後、日本大学芸術学部映画学科に入学。
2017年卒で円谷プロダクションに業務委託として参加し、現在フリーの脚本家として活動中。代表作は『セブンティーンモータース』『ウルトラマンR/B』。

大学でちゃんと授業を受けない人が嫌いだった。

大学って言うと、自分の目標を決めるための猶予期間みたいなことを言われることが多い。

でも私は正直、そういう考えがまったく理解できなかった。

授業を受けるときは一番前で話を聞くものだと思っていたし、聞いてるだけで教授の話をそのまま得意げに語るやつも嫌いだった。

かなりのお金を払って、後ろの席で友達と帰り道にどこに飲みに行くとか、サークルで今度はどんな活動をするかとか話してる人は、「なんのために大学に来てるの?」って感じだった。

こうやって書くとかなり面倒くさい学生だ。今になって反省する。

そもそもこういう考えで過ごしていたのには理由があった。

「大学に当たり前に行けると思うな」と父は言った。

うちの親戚には、社会の色々な生き方の人間が凝縮されていると思う。

中卒でスーパーで働いてる人もいるし、同じく中卒で今の私の年には母になって、しかもバツイチなんて人もいる。あと蒸発して最近見つかった人。これが父方。

中学生で引きこもりになって、でもなんだかんだで高校にいってる人もいる。大学まで行くかは分からない。

学校で結構モテてる人もいるし、大学に特待生で入った姉を持つ、留年と浪人を重ねて結局私と同じ年に卒業した3個上の人もいる。これは母方。

親世代も中卒と高卒と大卒と、サラリーマンと自営業とプー太郎までそろってる。

小さいながらも、日本にいる色々な生き方の例を親戚だけで結構見せてくれているなと思っていた。

そんな家庭に生まれ育ったからか、小さいころから父にはこう言われていた。

「ただ勉強していたから、家にお金があるからで、大学に行けると思うな」。

私の通っていた小学校・中学校・高校(正しくは中高一貫だけど)の同級生には、進学する人もいれば留年して消える人もいれば大学に普通に入るやつもいた。

だから、大学に行くのが当たり前ではないことは分かっていたけど、いわゆる中流家庭に育っている私みたいな人はだいたい目標が無くても大学に行けていた印象があったので、父のこの言葉は結構刺さった。

「私、下手したら大学行けないのか……」って。

ほしいものを買う時にもプレゼンがいる家だった。

たとえば誕生日にカメラがほしい!と思ったとする。

でも、単純に「カメラがほしい」と親に言っても、誕生日だから買ってあげましょうねとはならない。(一人っ子なのに。甘やかしてほしい……。)

「カメラがほしい」ということは両親にとって問題じゃない。誕生日くらいは、と高価なおねだりをしても、咎められるほど、家計がくるしかったわけじゃない。

問題なのは、「なぜ」それがほしくて「どうして」それが必要で、「どれだけ」そのカメラにはできることがあって、それを手に入れた私に「どのくらい」効果が生まれるのか、が、明示できていないことだ。

だから、「このカメラ安いんだから買ってくれてもいいじゃん」なんて理屈は通らないってこと。たとえ90%割引で最高のカメラが手に入るとしても、私の両親は買ってくれなかった。

「なぜ」そのカメラを手に入れたいのか。

「どうして」そのカメラでなくてはいけないのか。

「どれだけ」そのカメラでできることがあるのか。

「どのくらい」そのカメラで私はやりたいことを実現できるのか。

小学校の時からエクセルを使ってプレゼンさせられた。

だから、大学についても同じだった。

「なぜ」大学に行きたいのか。

「どうして」大学に行かなくてはいけないのか。

「どれだけ」大学に行ったらできることがあって。

「どのくらい」大学に行ったら私が目標に到達できるのか。

それを明示できない限りは、どんなに勉強ができようが認めてもらえないのだ。

日芸に行きたい。

うちの高校から日芸に進学した先輩はなぜかものすごくたくさんいた。

大学受験をした時も、学校名を言ったら「ああ、日芸附属ね」と笑われたくらい、うちの学校の生徒は日芸が好きだった。

私もそのうちの一人で、中学のときに知ってる先輩が「日芸に行った」と聞いて、ちょっとパンフレットをパラ読みして「なんとなく面白そう」と思ってぼんやり憧れていた。
その時は小説家にも音楽家にも絵描きにもなりたかったし、正直どこの学部でもいいなと思っていた。中学生の私にとってそのくらい大学はリアルじゃなくて、両親もまだそういうフワフワしたままで私を放置した。東大行けばとか、私の学力も見ないで適当に言っていた。

でも、高校になるとそんなわけにもいかない。

その頃には私にも目標ができていた。中学の時にたまたま応募したコンペで自分の脚本が放送されてから、私はすっかり「将来は脚本家になって食うものだ」と確信していた。別に仕事もないし、どうやったらなれるのかもわかってなかったけど、もう完全にその気になっていた。

脚本家が卒業している大学を調べた。憧れている脚本家はだいたい東大か早稲田を出ていた。そこに入ればなれるのかと思ったけど、たぶん違う。東大や早稲田を出た人のうち、脚本家になった人なんて1%にも満たない。

これじゃあ両親を説得できないし、自分もこれで脚本家になれるとも思えない。

だから、脚本家の人たちに直接聞きに行った。「どの大学に入れば脚本家に一番近づけるんですか」って。

今思えば、自分が高校生にこんな質問されたら「アホか」と思うんだけど、私がお話を伺った脚本家の方たちはとても丁寧に答えてくださった。

最前線で活躍している人がどんな風に選ばれているのか、脚本家としての強みをどう作るのか、そのうえでどこが私に合っている大学なのか。色々色々話を聞いて、エクセルで表を作って考えて、たどり着いた。

それが、中学校の時ぼんやり憧れていた「日芸」だった。

その中でも、監督コースと映像表現理論コースで受験申込日ぎりぎりまで悩んで、「自分は映像のつくりかたではなく、脚本を極めたいんだ」というところまで自分の中で考えて「映像表現理論コース」を選んだ。

そこからは私の悪いところだけど、「日芸」に入れなかったらもう高卒でフリーターになってでも脚本家になってやると決めて受験をした。

面接でも、落ちたら働いてでも脚本家になる。浪人はしない。と明言してた。

面接をしていた教授は大いに笑って、私に合格をくれた。

そうして私は、日芸生になった。

別に受からなかったら大学生になってなかった。

大学に入って予備校の講師のバイトをしてた時、高校生たちが当たり前の顔で大学に行く前提の話をしていたけど、私はいっつも苦い顔をしていた。(もしかしたらキレ気味だったかもしれない、ごめんね、尖ってたんだあの頃は)

大学に行かなくちゃ自分の目標が叶えられないのなら絶対行くべきだけど、そうじゃなくても別の道があったりするかもしれない。大学に行くのが遠回りかもしれない。

それでも、いや、大学くらい出なきゃダメでしょ、と思うなら、じゃあ大学に行ったら絶対大学を120%使ってやったぜ、へへへ、みたいな態度になれる振る舞いをしてくれなきゃ困る、と思う。

私は大学を150%くらい使ったぜ、えへへ。

皐月 彩

ライター
皐月 彩

日本大学芸術学部映画学科 2017年卒。 エジプト出身。円谷プロダクション製作の『ウルトラマンジード』の仕上げ進行スタッフを経て、現在はフリーランスの脚本家として映画・アニメ・ドラマの制作にかかわる。

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